国宝の太刀「狐ヶ崎」展示品の紹介

今回は国宝の太刀「狐ヶ崎」についてご紹介します。

こちらは国宝の太刀「狐ヶ崎」の絵図です。

正治元年(1199年)、鎌倉幕府の重臣であった梶原景時は御家人たちの弾劾にあい、2代将軍頼家によって鎌倉を追放されました。翌年正月、景時一行が京に向かう途中、狐ヶ崎(現静岡市)にて駿河の住人と交戦し景時父子は打ち取られました。吉川家2代友兼は景時の三男・景茂を討ちました。この時友兼が佩用していた刀はその土地の名前をとって「狐ヶ崎の太刀」と名付けられました。

この絵図は刀の波紋もきれいに描かれており、通常の展示では裏側にあって見ることのできない、「為次」の銘を見ることができます。国宝の太刀「狐ヶ崎」の実物は拵と合わせて9月29日(木)から展示致します。

この度、北広島町の安芸吉川会様が国宝の太刀「狐ヶ崎」写しの作成に取り組まれ、この程刀工・三上貞直氏によって刀身の写しが完成致しました。

8月8日(月)12時~14時30分まで、刀身の写し献納の為一時閉館致します。
なお、当日14時30分より16日(火)まで特別展示を行っております。

ぜひこの機会にご来館下さい!

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